仙台高等裁判所 昭和55年(ネ)242号 判決
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【判旨】
三本件事故現場の状況と本件事故にいたつた状況についてさらに詳しく検討すると、右引用にかかる認定事実のほか次の事実を認めることができる。
すなわち、<証拠>を総合すると、本件事故現場を通る道路は車両交通量の極めて少ない山間部の市道であるため、市町村道としては最も低い級位にある三種五級のしかも例外措置の認められる道路(道路構造令三条二項三号、五条五項)として格付けされ、舗装部分の幅員を四メートル、設計速度を毎時二〇キロメートルとして設計した上、下車線の区分のない道路であること、本件事故現場附近の道路状況は、本件事故の際に一審原告が進行した方向からみると、道路が左側に曲線半径一五メートルの曲率でカーブし、そのカーブの内側(道路の左側)は山を切り開いた崖となつて路面より高くそびえ、他方カーブの外側(道路の右側)はカーブが始まる附近までは山を切り開いた崖となつて路面よりも高くそびえており、切り通しの状況となつているが、それより先のカーブの終る直前の附近までは道路の右側の路肩に接続して同路肩に接する部分を底辺としたほぼ三角形の平担地(私有地)が路面と同じ高さで広がつており、その平担地はカーブの中間辺に相当する部分で奥行きが最も深くなつていること、そしてカーブが終る箇所の附近では平担地がほとんどなくなり、それより先の部分は路肩に接して約五〇度の傾斜をもつた崖となりその崖が約五〇メートル下方の川まで続いていること、本件事故の以前においては右平担地を利用して附近の工事用トラック等が方向転換をしていたこともあること、道路のカーブする場所では遠心力による自動車の路外への逸脱を防止するため、カーブの内側に一様に傾斜した五パーセントの片勾配がつけられていること、本件事故現場附近は道路がカーブしているため、カーブの内側にそびえる崖により遮られてカーブの前方の道路状況の見通しが制限されるものの、カーブミラーによりかなり見通しが改善されているうえ、カーブにさしかかるかなり手前において前方の道路がカーブしている状況が明瞭に認識できること、一審原告の自動車が路外に逸脱した場所はカーブの中間をやや過ぎた附近の道路右側であつて、そこは舗装部分の外側に五〇センチメートル幅の路肩とさらにその外側に接して崖との間に平担地の一部が3.8メートル(右側車輪の通つたところ)ないし2.3メートル(左側車輪の通つたところ)の幅で接続していたことの各事実が認められる。この認定を動かす証拠はない。
四以上一、三に認定した事実にもとづき、本件事故現場にガードレールを設置していなかつたことが道路の設置又は管理の瑕疵に当るかどうかについて考察する。
1 まず、本件事故現場の道路については、次に述べるように、法令の規定上ガードレールの設置が義務づけられていたとは認めがたく、また運用の実際において、ガードレールを設置するのが通例とされる場合であつたとも認めがたい。
すなわち、前掲甲第六号証と原審における証人水上泰夫、当審における証人大江昭治の各証言によれば、ガードレールの設置に関しては、道路構造令及び同令にもとづく通達のほか、これを承けて社団法人日本道路協会により「防護柵設置要綱」が定められ、通常この要綱に準拠して運用されていること、それによれば本件で問題となつている路側用ガードレールは、路側の危険区間について設置すべきものとされ、路側の危険区間とは、本件に関連するものとしては、(1)路側の高さが八メートル以上で法勾配が四、〇以下の区間の全部、(2)道路が海、湖、沼地、水路等に接近している区間で必要と認められる区間、(3)曲線半径がおおむね三〇〇メートル以下の道路で前後の線形を考慮したうえで必要と認められる区間、(4)おおよそ四パーセントをこえる下り勾配の道路で、防護柵の設置よりその効果が認められる区間かこれに該当するものとされていることが認められ、また<証拠>によれば、路側用ガードレールは、走行中に進行を誤つた車両が路外に逸脱するのを防止し、乗員の傷害及び車両の破損を最少限にとどめること及び車両を正常な進行方向に復元させることを目的とし、副次的にはさらに運転者の視線を誘導することを目的として、道路の路側との関連、幅員または線形との関連、構造物との関連等により車両が路外に逸脱するおそれのある区間においては道路及び交通の状況に応じて原則として防護柵を設置するものとして解釈運用されていることが認められる。しかし、防護柵設置要綱の定めのうち(1)の基準については、本件事故現場の道路は路外に平担地を控えていて同基準とは事情を異にする場合であるし、右基準の趣旨を酌むとしても、本件事故現場の道路の置かれた後述の具体的な情況のもとではガードレールの設置を義務づけているとは考えられなく、(2)ないし(4)の基準によつても本件の場合にガードレールの設置を義務づけているとは考えられない。また車両が路外に逸脱するおそれのある区間においては道路及び交通の状況に応じて原則として防護柵を設置するという解釈運用について考えてみるのに、そのいうところの「路外に逸脱するおそれのある区間」とは後に判断するような本件の如き特異な状況をも考慮の中に入れて、本件現場を右区間に含ませることは相当でないから、この点からみても本件の場合にガードレールの設置を要し、あるいは設置するのを通例とするものとも考えられない。
2 もつとも、前述のような道路の問題の箇所に防護柵を設置すべきことが法令上義務づけられていなかつたとか、或いは道路が道路構造令等によつて定められた基準に合致し、さらには基準に合致する設備を具備していたとしても、それだけではいまだ道路として具有すべき安全性が確保されているとは当然には言い切れないのであつて、道路の安全性の有無の判断は、道路とこれらの基準との合否が一つの手掛りにはなるものの、結局は次に判示するような具体的、個別的な見地からする危険の有無との関係において判断されることとならざるをえない。
即ち、道路の特定の部分が道路として具有すべき安全性を具備しているか否かを判断するにあたつては、該部分が一般的に法令上の安全基準を充たしているか否かの点ばかりではなく、具体的事故との関係においても、また、公衆の交通により通常生ずることが予想される危険を防止しえたものであるか否かをも考慮のうえ判断すべきである。そして、ここにいう公衆の交通により通常生ずることが予想される危険のなかには、道路交通者の過失に起因しないで生ずる危険ばかりではなく、道路交通者の過失に起因して生ずる危険をも含むものと解するのが相当であるが、しかし、およそ生起しうるあらゆる危険を想定して考慮の中に入れるべきではなく、その危険は道路交通によつて生ずる危険のうち通常生ずると予想される範囲内の危険に限られるものと解すべきである。どこまでが通常生ずることが予想される危険として防止の対象となり、どこからが異常稀有の事態にもとづく危険としてその対象外とされるかは、結局、当該道路の構造、規模、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合して具体的、個別的に判断するほかはないのである。
そこで右の見地から本件事故との関係において具体的な危険性を検討するに、前記認定によれば、本件事故現場附近の道路は、一審原告の進行方向からみると、三パーセントないし五パーセント(手前の方がゆるく、先方に行くにつれて急となる。)の下り勾配となつていたうえ、曲線半径一五メートルで左方にカーブしており、カーブの外側に当る道路の右側は約五〇メートル下方の川まで路肩の附近から、急斜度の崖となつていた状況であるが、他方右道路は山間部を通る全体として屈曲部が多い道路であり、本件事故現場附近ではカーブのため先方の見通しが制限されるものの、カーブミラーによりかなり見通しが改善されていたうえに、同所がカーブになつていることはそのかなり手前から明瞭に認識できる状況にあり、また自動車の路外への逸脱防止のためにカーブの内側に向けて傾斜した片勾配の構造とし、カーブの外側には幅四メートルの舗装面に接続して幅五〇センチメートルの路肩を設置してあつたから、これに設計速度が毎時二〇キロメートルとして設計されたこと、交通量が極めて少いこと等が明らかとされているが、これらの事情を総合して判断すれば、通常の交通においては、自動車が路外に逸脱することはほとんどないものと予想され、たまたま路外に逸脱することがあつても、一審原告の自動車が路外に逸脱した場所では、当時路肩に接続して幅約三メートルの平担地が控えていたので、余程の異常な事態がない限りは自動車が平担地をこえて崖下に転落することはありえない状況にあつたものと考えられる。
<証拠>には曲線半径一五メートルないし三〇メートル(本件事故現場のカーブでは一五メートル)のカーブでは、統計上事故発生率が最も高いことを示しているが、この一般的な統計結果によつては、本件事故現場の具体的な情況のもとで事故発生の危険が少いと判断することの妨げとはならないし、現に本件事故の以前においては事故の発生が報告された事例がなかつたこともその危険が少いことの証左といえる。
しかして、前記引用にかかる原判決の認定事実によれば、一審原告は事故当日本件道路を下りつつ本件事故現場にさしかかつたところで対向車とすれ違い、その際後方でガタンと音がしたように思つたので、後を向き、ブレーキペダルに足をかけたものの踏むことなく、時速約一〇キロメートルの速度で、カーブに応じたハンドル操作をしないで一七メートル余(路肩のところまで約一四メートル)を直進したため、その間に、自動車が進行方向右側の舗装部分から路肩をこえて路外に逸脱し、さらに前記平担地に出て、崖下に向い転落する寸前の状態にいたつてようやくその状況に気づいたが、事故回避ないしは自動車からの脱出のいとまもなく転落するにいたつたというのであつて、右の走行距離と速度とを考え合わせると一審原告は後ろを向いてから転落寸前の状況に気づくまで、かなりの時間を後ろを向いたままか、ないしは前方に対する注視を全く欠いたままの状態で運転を続けて転落事故を起したといわざるをえない。
このような運転態度は運転資格を有する運転者としては、とうてい考えられないほどに異常な態度であつて、このような運転によつて事故が起きたとしても、その危険は道路交通により通常生ずることが予想される危険などというべきではない。そして、このような異常な過失に至らない程度の過失に基づいた場合に、本件道路において、落下事故が発生することを具体的に予測することはできないのみならず、本件道路が交通量の極めて少い山間部の、しかも市町村道としては最低の級位に格付けされる道路であること、本件事故の以前には事故が皆無であつたこと等の前記認定の諸般の事情をも勘案すれば、本件事故現場の道路は、ガードレールがなくても安全性が十分確保されていると考えられ、通常有すべき安全性を欠いていたものとは言えない(ガードレールがあれば、一審原告の運転のような異常な事態の場合にも路外逸脱防止に役立つたものと推測できないこともないが、前述のとおり、道路管理上は、そのような危険は考慮の外に置かざるをえないのである。)。
3 更にまた一審原告は、ガードレールには視線誘導の効果もあることを根拠として本件事故現場の道路にガードレールの設置ないしは注意標識の設置を必要としたと主張しているけれども、前記認定のとおり本件事故現場手前にはカーブミラーが設置してあり、道路の屈曲は容易に発見しえたものであるばかりでなく、もともと一審原告は前方注視を全く欠いて運転し事故を起したものであるから、視線誘導の効果を理由にガードレールその他の設備の必要性を云々することは当をえないというべきである。
五以上のとおりで、本件事故現場の道路にガードレールの設置がなかつたことはいかなる点からみても道路の交通により通常生ずることが予想される危険に対して安全性を欠いていたものとはいえなく、他に、本件道路につき一審被告において道路の設置又は管理に瑕疵があつたとの事実を認めるに足りる主張立証がないから、その瑕疵があることを前提とする一審原告の本訴請求はその余の点の判断をするまでもなく理由がないので、右請求は全部棄却すべきである。<以下、省略>
(小木曽競 伊藤豊治 井野場秀臣)